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 レビュー in KYOTO Ⅲ

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花組芝居「怪談牡丹燈籠」
人生2度目の花組芝居。前回見た忠臣蔵はあんまり面白いと思えなくて、しかし「花組芝居を面白いと思えないのは何か負けな気がする」と思って再チャレンジ。今回のはけっこう面白かった。前回より席が近かったとか、台本の言葉遣いが現代語に近かったとか、場面転換がものすごいスピーティーだったとか、理由はたぶんそんなとこ。あと、今回の音楽はすごく好き。忠臣蔵のときは邦楽+アフリカンミュージックで、斬新なんだろうなぁとは思ったけれど、それだけだった。で、牡丹灯篭は邦楽+ジャズ。これがめちゃめちゃカッコよかった。やっぱ私はジャズっぽいのが好きみたいで、そこに鉦やら三味線やら、これもまた大好きな音が混じってくるもんだから、もううっとり。場面転換のための暗転をほとんど(ぜんぜん?)使わず、移動式のパネルを組み合わせて、障子やら板塀やら屏風やらと、どんどん場面が変わっていくのにいちいち感心してしまった。

以下思いついたことを適当に。

一番の感想というと「へー!牡丹灯篭ってこういう話だったんだー!」ということであって、これは忠臣蔵を見たときの「へー!忠臣蔵全段ってこうなってたんだー!」という感想とほぼ一緒。それはそれで、「すごく面白い」ことではあるんだけど、お芝居の面白さとは別じゃないかと思う。いや、お芝居としてもすごく良くできてるんだけど、私が今まで「うわー!面白かった!」と思ったお芝居の面白さとは種類が違う。

私がお芝居を面白いと思うのは、舞台の上の世界に自分の感情をごっそり持っていかれたとき。花組芝居の面白さというのは、それとはある意味対極のところにある。「こういう話だったのか」とか「あの舞台装置良く出来てるな」とか「脚本上手いなー」とかっていう面白さは理性の範疇だもん。そりゃ理性が刺激されることによって「すごい」とか「面白い」と思うのも、それもまた感情が動いたということではあるのだけど、なんというか、お芝居に入り込めるかどうか、感情移入できるかどうかという違いがある。それは登場人物に共感、同調するということとは別。登場人物の言動がさっぱり理解できなくて、突っ込みどころありまくりでも号泣させられることだってあるし。

見も蓋もない言い方をしちゃうと「花組芝居の芝居では泣けないから面白くない」ということかもしんない。ストーリーと舞台で行われているもろもろを受け止めるのがせいいっぱいで、感情移入している暇がない、みたいな。いたるところに小ネタ大ネタを仕掛けてくるから、泣くような展開にもならないし。そもそも「泣かせよう」とかぜんぜん考えてないと思うし。なんかもう我ながら「そんなお涙ちょうだいものが見たけりゃ、大衆演劇だけ見てろよ!」みたいなこと言ってるなぁ。

ただでも「忠臣蔵」も「牡丹灯篭」も、すごく有名だけど全容は意外と知られてない物語を通しでやっちゃえ!というコンセプトは一緒みたいなんで、それに私は花組芝居はまだ2回しか見てないので、他の作品は違うノリかもしれないなぁとは思う。それに「すごく良くできた舞台だなぁ」と思うのは、それだけで十分脳みその快感ではあるので、次回も行けたら行くつもり。

ってなんかぜんぜん牡丹灯篭の話じゃないじゃないか。

「忠臣蔵」のときは、この劇団がなんで女優を使わないのか意味がわからないと思ったけど、今回は、男が女役を演じるほうが、アクションがダイナミックでギャグの思い切りがよくて、重かったり湿っぽい場面もドライに見せられるから?と思った(ホントになんで男だけの劇団なんだろう?)。歌舞伎の女形は、あれはもう別次元の存在だから、あんまり本来の性別というのは意識しないで見られるのだけど、花組芝居の女役の場合は、あくまで女装であって、元の性別をことさら隠していないように見える。てゆーか、むしろ「笑いをとるための女装なんだろうか?」と思わされるところも多々あったしなぁ。あれも慣れれば気にならなくなるんだろうか。宝塚の男役も歌舞伎の女形も最初はギャグにしか見えなかったもんな。

今回の「怪談牡丹灯篭」の女役のなかでは、お国(八代進一)とお峰(加納幸和)が見ものだった。出てきたときはやっぱりギャグでやってる女装にしか見えなかったけど、いつの間にか「男の人がやってる」という違和感が抜けて、すごく自然に見ていた。だからと言って決して女の人に見えるわけじゃないし、美しいとも言い難いんだけど(いやだって今は基準が春さまとか若さまだし)、その人物としての可愛さとか怖さとか狡さとか色気とかが感じられて、何かの珍味みたいに癖になりそう。まぁ、たぶんこの人たち普通にお芝居が上手いんだろうな。

一番目を惹かれたのはお露と恋仲になる新三郎、ではなく、その下男をしている伴蔵(小林大介)。いやぁ、カッコよかったわ。台詞回しも所作も完璧。悪くて色気と愛嬌があって小心者なのに残酷で、すごい良い役に見えたけど、これ脚本だけで言ったらもっと小物でもおかしくない。牡丹灯篭なのに「主役」より良い男になっちゃっていいのかよ!と思うけど、原作の都合上、伴蔵のほうが出番が多くなるのなら、やはりこれが正解なのか。

孝助(丸川敬之)もカッコよかった。真面目で忠義で孝行者で、そういう役をやってつまんない男に見えないのはけっこう凄いと思う。ただ、そういう人が最後の場面で敵討ちとは言え、残忍な殺しをするのが唐突と感じた。しかも敵を討った瞬間に終演で口上始まるし。原作がそうだと言われたらしょうがないのだけど、しかしラストシーンはもうちょっと盛り上がりがあってもいいのではないのか。いっそがっつり孝助主役にして、一線を踏み越えるまでをきっちり描いて、ついでに殺し場ももっとごってりじっくりやってくれたら、私の好みだったんだけども。

あと、源次郎(各務立基)の声が好きで好きでたまらんでしたし、飯島平佐衛門(水下きよし)もカッコよかったし上手かった。そういえば最初の飯島VS黒川の場面のあたりでは、誰も彼もなんだかものすごく台詞が不自然に聞こえて、「そういえば、一般の演劇ってこういうんだっけか?」と首を捻ってたんだけど、メインの登場人物が揃って話が本格的に回り始めたら、ぜんぜん気にならなくなっていた。別に「自然な演技」ってわけじゃないのだけど、全体的にテンポとか間が良くなっていたのだと思う。まぁ、こっちが慣れたってのもあるかもしれないけど。あ、不自然と言えば、山本志丈と、牡丹灯篭と、鶏と、馬をやってた谷山知宏の怪演は強烈に印象深かったな。今日は千秋楽だったんで、最後に一言づつご挨拶があったんだけど、加納さんに「本役はどれだったの?」と聞かれた谷山氏は、「牡丹灯篭」と即答していた。一番好きな役も牡丹灯篭だそうだが、私は馬が可愛くて好きだ(「ポンプー!」)。で、不覚にも声出して笑っちゃったのはお峰の内職(次回公演のDM発送)。ぜんぜん関係ないけど、加納さんってお芝居じゃない、普通のトークのときとか、女言葉でもなんでもないのに、なんであんなにオネエっぽいんだろう。くにゃくにゃふわふわした感じがすごく友達に似て見えて不思議な感じがしてしまったよ。関係ないと言えば、追い出しの音楽がシング・シング・シングで、このアレンジもすっごいカッコよかったのでめちゃめちゃ嬉しかった。

| author : datura | category: 観賞 | comments (0) | trackback (0) |










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